2010年03月23日

あれから20年「夢、疾る」

夢疾る

今日、3月23日は1990年、富士スピードウェイでF3000のテスト中に亡くなった村松栄紀君の命日です。あれから20年も経ってしまい、彼のことを知らない方々も多いと思います。私は彼がFJ1600でレースデビューする前から知り合い、亡くなるまでほとんどのレースを撮っていました。彼の1周忌にあたり「D.N.F」という写真満載の追悼本を出しました。その本の著者は今や超人気時代小説作家の佐伯泰英氏でした。その佐伯氏が20年後の今、当時の文章に加筆し、そして村松君をよく知る人たちのインタビュー加え「夢、疾る」という文庫本を4月8日、双葉社から出すことになりました。私がインタビュアーとなり、由良拓也さん、片山右京君、服部尚貴君にお話しを聞きました。そして私自身も彼との思い出を語らせてもらいました。今から20年前、モータースポーツの世界に、F1をめざす、大きな夢を持った若者がいたことをぜひ知って欲しいと思っています。

EIKI1

南アルプス市にある、彼のお墓に行ってきました。彼の短いレース人生のリザルトが飾られています。

チェロキー

今日はチェロキーで行きました。村松君の実家近くですももの花と。

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この記事へのコメント
 村松選手の名前は聞いた事があります。
自分がモータースポーツに興味を持ち始めたのが
1991年でしたから、その前年だったのですね。
 翌年には小河 等選手がF3000レース中の事故で
帰らぬ人となった事を会社の研修寮のテレビニュースで
知り愕然としました。
 鈴鹿の1コーナーにはシケインの大治郎選手ほどでは
ないですが、写真も飾ってあります。
 こういった事故が起きる度にモータースポーツが
『生身の人間が生命を懸けて行うスポーツ』
だという事を再認識させられます。
今後、犠牲者が出ない事を願って止みません。
Posted by まちょう at 2010年03月25日 20:38
このような事故が起こらないことを切に願います。
実は小河選手の事故は現場にいました。私の右隣50cm横にいたビデオカメラマンの方は亡くなりました。私は軽い打撲ですみましたが、友人である小河選手を目の前で無くしたことは精神的に辛いものでした。鈴鹿の1コーナーは普段、撮影している場所ですが、マシンが飛んでくることもあるわけです。モータースポーツが危険であることを、しっかり理解した上で、今も撮影を続けています。ドライバーはもちろん、すべての人たちが傷つくことがない、安全なモータースポーツを望みます。そして我々も、その素晴らしいモータースポーツを、写真を通じて伝えて行きたいと思っています。
残念ながら、その中で亡くなられた村松選手ですが、この本で彼のことを知っていただければ幸いです。
Posted by 小林 稔 at 2010年03月26日 20:00